生年月日
1992年4月30日
年齢
22歳
血液型
O型
身長/体重
177cm/71kg
出身地
群馬県
ポジション
DF
経 歴
粕川コリエンテジュニア→前橋エコージュニアユース→前橋育英高校→専修大学

2015シーズンからジェフに新たに加わる選手を紹介する特別企画。

第一弾は、プロとしてのキャリアをジェフでスタートさせることになった、
専修大学の北爪健吾選手のインタビューをお届けします。

関東大学リーグ4連覇を達成した専修大学で、不動のレギュラーとして活躍した大学No.1サイドバック。
これまでのキャリアやジェフに加入を決めた理由を聞く中で、その「ベース」となっているものに迫ります。

重圧の中で成し遂げた4連覇

北爪健吾選手

── インカレ(大学選手権)を最後に大学サッカーの4年間が終わったところですが、今の心境を聞かせてください。

最後のインカレは残念な結果でしたが(2回戦で福岡大に敗退)、4年間を振り返ると1年生の途中から試合に出場することができて、充実した4年間でした。
目標としていた関東大学リーグの4連覇をしっかりと達成できて、来年度以降につなげられたことは達成感があります。

── 4連覇はすごいことですが、最上級生としての今季は特にプレッシャーがあったのでは?

個人的にはプレッシャーしかありませんでした。先輩から残してもらったものを、後輩に引き継ぐことが自分に課せられた使命だと思っていたので、これだけプレッシャーを感じながらプレーをしたことはなかったですね。
そういう意味では今季は本当にしんどかったです。1か月間、勝利がなかったりとか、そういう苦しい時期を乗り越えてチャンピオンとして終わることができたことは、チームにとって新たな「強み」をつくれたのではないかと思っています。

── 専修大学のサッカーとはどんなサッカーですか?

チームコンセプトである「攻撃的で美しいサッカー」というのが、初めてリーグ戦で優勝したときから掲げている目指すべきサッカーです。全員がハードワークすることで体現できるサッカーだと思っています。間違いなくどのチームよりも「走れる」「闘える」という自信があります。

「もう一度やれ」と言われても出来ない

北爪健吾選手

── 北爪選手のポジションとプレーの特徴を教えてください。

ポジションは主に右のサイドバックです。自分の一番のストロングポイントはスピードと運動量です。決して上手い選手ではないので、とにかく誰よりもたくさん走って攻撃にも守備にも積極的に絡んでいくプレーが特徴です。

── 話はずっと遡りますが、サッカーを始めたのはいつですか?

小学3年生のときです。
友達のお父さんが監督をしていた地元粕川のチームでプレーしました。
もともと運動は好きで、何かひとつというよりもスイミングだったり野球だったりいろんなスポーツをやっていました。でもサッカーをやっている友達が多くて、みんなから「一緒にやろうよ」と誘われてそこから本格的に始めたのが3年生でした。

── ポジションは小学生のときからディフェンスだったんですか?

小学生のときはフォワードや右のサイドハーフなど攻撃の選手でした。足が速かったので、裏に出たボールに走ったりドリブルで相手を抜いて点を取ることが自分の役割でした。すごく楽しくて、サッカーにのめり込んで行きました(笑)。

── 所属していた粕川コリエンテジュニアは、やっぱり強いチームだったんですか?

地域のチームだったので、群馬県のベスト16が最高成績だったと思います。
とにかく目の前の試合で点を取る、勝つということを目標にプレーしていましたが、全国大会とかは夢のまた夢の舞台でした(笑)。

── 中学時代は前橋エコージュニアユースでプレーしていますね。

このチームも同級生のお父さんがコーチをやっているクラブで、その縁で誘ってもらいました。
群馬県で優勝を狙えるチームだったので、サッカーでチャレンジしたい、本格的に上を目指したいという気持ちになったのがこの頃だったと思います。

── 中学校の部活動でサッカーをすることは考えなかったのですか?

中学校では陸上部に入りました。朝は必ず陸上部のトレーニングに出て、午後は部活かクラブの練習に参加しました。重なったときはクラブを優先していましたけど。

北爪健吾選手

── なぜ陸上もやろうと思ったんですか?両立するのは大変だったと思うんですが。

そうですね。休みはまったくなかったですし、すごくハードな毎日でした。
でも体力を付けたかったし、スピードももっと付けたいという気持ちが強くありました。やれることはやりたいと思っていましたし、目の前の与えられた練習だったりすべてのことに100%で取り組む自分がいました。
「もう一度やれ」と言われても出来ないと思いますが(笑)。運動量が今の自分のストロングポイントになっていますが、そういう意味では中学時代の3年間の頑張りがベースになっているんじゃないかと思っています。

── 前橋エコージュニアユースでは全国の舞台を経験していますね。

はい、2年生のときに日本クラブユースサッカー選手権に出場しました。
結果はグループリーグで敗退したんですが、Jリーグクラブのジュニアユースと対戦するのが初めてだったので、同じ年代でこれだけレベルの高いサッカーをするのかと驚きました。その中でもスピードだったり通用する部分を感じることができたので、そのときの自信がこれからもサッカーを続けたいという気持ちにつながったと思います。