フアン エスナイデル監督の隣には、いつもこの人がいる。
30年来の親友で、熱血漢で、誰よりも明るいヘッドコーチ、ギジェルモ。
「シーズン2」を迎えた相棒との二人三脚。
“ギジェ”なくして、その成功はあり得ない!

インタビュー・文=細江克弥

あの11月、私の人生は一変しました。

ギジェルモ

―― このインタビュー記事は、ジェフのコアなサポーターの皆さんが読んでくれます。ギジェさんの言葉を楽しみにしていると思いますよ。

ギジェオー! あとで有料会員のパスワードを教えてください! 僕のインタビューを妻が読みます!

ギジェルモ

―― (笑)。ジェフでの2シーズン目を迎えます。改めて、このクラブに来ることになった経緯から教えてください。

ギジェアルゼンチンのラシン・デ・トレレウというクラブで9年間にわたって仕事をしていました。そこで、トップチームの監督とチーム全体のコーディネートを任されていたんです。フアン エスナイデルとは31年前からのつきあいで、お互いのサッカー人生の初めに出会った友人であり、常に連絡を取り合う仲でした。つまり、家族のような存在ですね。

で、あれは忘れもしない2016年の11月中旬。フアンから電話があり、日本のクラブからオファーがあることを聞きました。彼の「一緒にどうだ?」という言葉に驚き、「数時間で決めてほしい」という言葉にさらに驚いた。思い出すだけで鳥肌の立つようなストーリーです。もちろん強制的ではないけれど、彼の声色には、私が引き受けることが義務のようなトーンが感じられました。フアンのあの声、忘れられません(笑)。

もちろん、それまでは、日本に行くなんて考えたこともありませんでした。アルゼンチンから見た日本はとても遠く、それに対する不安もありました。とにかく、急いで妻と話をして、いや、まともに話す時間さえありませんでした。そのうちに、時計の針がどんどん進んでいって……。フアンには「イエス」と答えるしかありませんでした。

―― ご家族はどんな反応だったのでしょう。

ギジェ妻は一瞬、固まってしまいました(笑)。母は「いいんじゃない」と賛同してくれて、息子たちも喜んでくれました。ただ、少しずつ本当の意味がわかってきたのか、サプライズの衝撃は日を追って大きくなっていったみたいですが。

ギジェルモ

自宅に地球儀があるんですよ。それを見ながら、「どうやって行くんだ?」と話し合ったりして(笑)。まあ、そんなことをしても遠いことを実感するばかりだったのですが、気持ちは固まっていました。働いていたクラブに話をしたら同意してくれたし、実際に来てみて、日本のポテンシャルの高さを感じているので、結果を残して、「間違っていなかった」と確信する日は近いと思います。

―― 本当に、たった数時間で日本行きを決めたんですね。

ギジェはい。やる気だけはありました。でも、オファーの詳細については何も知らなかった。どういう仕事をするのか。サッカー的な目的はどこにあるのか。そういう細かい話はしていなかったんです。だから、インターネットを駆使してできるだけジェフのことを調べました。2部にいて、でもスタジアムは素晴らしい。つまり、インターネットで調べられることしかわからなかった(笑)。あの11月から、私の人生は一変しました。

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『もっとプロフェッショナルになれる。』

―― 「もっとプロフェッショナルになれる」とは?

まずは、もっとフアンのことを、そしてフアンのサッカーを知ってほしい。戦術や食事の意味。そして、サッカーのために人生を捧げるんだという強い意志。選手は練習をして、食べて、休む。それをもっと強く頭に叩き込まなければいけません。

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