今回話を聞いたのは、昨シーズンからコンディショニング スタッフとして
“フィジカルコンディション改革”を先導する男、フラビオ。
アルゼンチンを拠点としながら、世界各地を飛び回る凄腕コーチに、
そのキャリアやジェフでの取り組みに関する手応えを聞いた。

インタビュー・文=細江克弥

華麗なるキャリア。

フラビオ

―― フラビオさんは昨シーズンから「コンディショニングスタッフ」としてチームのフィジカルコンディションに関するコーディネートを統括されています。まずは、ご自身の経歴から教えてください。

フラビオサッカーの世界に入ったのは、1996年のことでした。アルゼンチンのフェロカリル・オエステ(当時1部)というクラブで働き始めたことをきっかけに、2部のデポルティーボ・モロンを経て、国内屈指の名門クラブであるリーベル・プレートで6年間仕事をしました。仕事として確立できたのはこの頃です。アカデミーからトップチームまで、フィジカルコーチとしてすべてのカテゴリーをコーディネートしていました。

その後はスペインに渡り、サラゴサというクラブで仕事をしました。ジェフの監督であるフアン(エスナイデル)と仕事をしたのはこの時です。私はその後、パラグアイのセロ・ポルテーニョ、アルゼンチンのアトレティコ・ラファエラを経て、昨シーズンからジェフの仕事をさせてもらっています。

フラビオ

―― 世界的な名選手にかかわるお仕事をされたこともあるのでは?

フラビオアルゼンチンでは、かつてアルゼンチン代表で活躍し、「マラドーナ2世」とも言われたパブロ・アイマールという選手を見る機会もありました。彼はハムストリングス、詳しく言えば坐骨の付着部分に炎症を起こすケガをしていました。当時の私はまだリーベル・プレートで仕事をしていなかったのですが、身体のメカニックを分析したところ、走り方に問題があることがわかりました。だから、動き方、走り方を変える提案をしました。

動き方や走り方は身体に染みついたものですから、これは非常に難しいことです。例えば、マニュアル車しか運転していなかった人がオートマチック車に乗ろうとすると、ついついシフトレバーを探してしまいます。その感覚を変えるのは簡単ではありません。しかし、アイマールはフィジカル的なポテンシャルが非常に高く、私の提案を受け入れ、すぐに対応してくれました。それ以降、大きなケガはなくなりました。

―― 現在、ジェフにはどのような形でかかわっていますか?

フラビオ考え方やメソッドはもちろん、フィジカルトレーニングに関するすべてについての権限を託されています。昨シーズンは3度来日して指導を行い、今シーズンは沖縄キャンプの時に帯同しました。今シーズンは今回が2度目の来日なのですが、年内にあと2回ほど日本に来る予定です。

フラビオ

―― それ以外の時間は、基本的にはアルゼンチンで仕事されている?

フラビオアルゼンチンにフィジカルトレーニングを手がける会社があり、そこで選手個々のトレーニングを見たり、要望があればヨーロッパに行くこともあります。それから、専門分野に関する国際的なフォーラムに参加するため、世界のあちこちに出向くこともあります。

好きなことをやっているので、忙しくても楽しみながら仕事をしています。息子には「毎日勉強して大変だね」と言われるのですが、私にとっては、好きなことに関する情報を毎日更新しているという感覚なので、なんの問題もありません。

―― ちなみに、サッカー選手としての経験も?

フラビオプロの経験はありません。だからこそ、選手ではなくこの仕事に就いているのですよ(笑)。サッカーをやっていたことは確かですが、「プロになろう」と思えるようなレベルではありませんでした。ただ、この世界で、プロとしての仕事をしたいと思いました。スポーツに対する科学的なアプローチにも強い興味を持っていたので、フィジカルコーチとしてそれを発揮する道を選択したのです。

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『フィジカルのモノサシ。』

―― エスナイデル監督とは、サラゴサ時代に一緒に仕事をされたというお話しでした。

彼がユベントスでプレーしていた頃からの知り合いで、当時の彼は“選手”として私と契約していました。いろいろな話をしながらフィジカルコンディションの改善に取り組み、とても充実した時間を過ごすことができました。友人としてだけでなく、仕事のパートナーとして関係が長く続いている要因は、彼のそういったキャラクターにあると思います。

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