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2019 August08

2019.8.9 UPDATE

鉄と芝 68×105m のイングランド

レポート



文・写真=大山顕


■夜のフクダ電子アリーナ

最初にみなさんに謝っておかねばならないことがある。ぼくはサッカーに全く興味がない。船橋市に40年住んでいた千葉っ子にもかかわらず、ジェフに関心を持ったこともなかった。申し訳ない。この文章を読んでくださっている皆さんには怒られそうだ。ほんとうにすみません。

いや、興味がなかった、というべきか。今回、フクダ電子アリーナを特別に見学させてもらって、すっかり興味津々だ。サッカーって、おもしろいな!

とはいえ、今はまだゲームにではなくサッカーを支えるシステムに関して興味を持ち始めたところ。ジェフのファンになったことは間違いないが、いまのところチームのファンと言うよりはジェフユナイテッド株式会社およびフクダ電子アリーナのファンになった段階だ。ゆくゆくはちゃんとチームのファンに育っていきたいと思う。長い目で見てください。

チームやゲームじゃなくてサッカーを支えるシステムに興味が、というのはたぶんちょっと変だと思う。ふつうは逆で、サッカーファンが高じてその周辺のことにまで関心が及ぶ、という順番だと思う。学生時代に都市デザインを学び(ちなみに大学は千葉大だった。いかに千葉っ子であることか)、現在は建造物を専門に写真を撮り文章を書く人間であるぼくは、形から入るタイプなのだ。





サッカーを支える「形」その代表が競技場であり、ジェフの場合フクアリがそれだ。今回、通常の営業が終わった後、夕暮れ迫る時間にお邪魔して、その舞台裏を見せてもらいました。これがほんとうにおもしろかった! サッカーに疎いぼくですが、その様子をお届けしたい、という一心でこの記事を書く次第です。





さて、さっそく中の様子をご覧ください。三角形が連続する屋根の構造が独特な、フクアリ。営業時間終了後で灯りは付いていない。そのため周りの商業施設の照明が反射してかっこよかった。





おそらく構造的に軽くするための工夫だろう、客席の裏側下は透けていて、そこからも周りの街の光が入ってきていた。とてもきれいだ。ふつうの試合中には見られない光景だろう。





それにしても誰もいない、競技場というのは不思議な雰囲気だ。夕暮れと言うこともあってか、どこか神々しい。

案内をしてくださったマネージャーさんがぽつりと「ぼく、この雰囲気好きなんですよね」とおっしゃった気持ちがちょっと分かる気がした。この独特の空気は、ここがある種「祭り」のために作られた場所だからだろう。ほんらいここにあるべき激しい動きと歓声がない不思議さ。祭りの前と後というのは、ちょっと寂しくて、でもちょっとどきどきするものだ。

門外漢のぼくでも心打たれるのだから。ここを日常としている方にとってはなおさらだろうな、と思った。


■小さなイングランド

この日にぼくが入ったのは、お客さんの入り口からではなく、選手みなさんの移動と同じルートからであった。ピッチに出るのも、このとおり。





繰り返しになるが、サッカーファンでもないのに、ほんとうに申し訳なく貴重な経験をさせてもらっている。

ところでこの蛇腹になった屋根みたいなものはなんですか、と聞いたら「これは荒れた試合のとき重要なんです。試合後に客席からものを投げられたりすることを想定して……」とのこと。

ああ、そうか。特に海外の一部サッカーファンの過激さについてはぼくも聞いたことがある。「海外のスタジアムだと、より安全のために選手は地下道から出入りするようになっているところもあります」。いやはや、そういうことも想定してスタジアムは設計されているのか。





さて、ぼくがこの日いちばん感動したのは、芝だ。

そういえば、さいきんの競技場の多くが冬も青々としている。スポーツに疎いぼくは、てっきり人工芝が多いからだろうと思っていた。というのも、若い方々はピンとこないかもしれないが、ぼくが子供の頃に映像で見る国立競技場は茶色だったのだ。日本の芝は冬に冬眠状態になる。だから冬でも青々としているのは、それが天然のものではないからだろうと思っていた。

なんてことを書いてしまうと「なに言ってんだ」とみなさんは思うだろう。よくご存じの通り、現在のちゃんとサッカーコートは天然芝で覆われている。サッカー協会が出している『スタジアム標準』というガイドラインを見てみたところ、「クラス2以上のスタジアムのピッチは、平坦で常緑の天然芝で覆われていなければなりません」とある。

あっさりとそう書かれているが、これはたいへんなことだ。調べたところ、夏の芝の青さと冬の芝の青さは違う種類の芝によっている。つまり、クラス2以上のスタジアムのコートには、夏に強いものと冬に強いものという、2種類(あるいはそれ以上)の芝が植えられている。いわゆる二毛作のような感じだ。

国立競技場の芝が「二毛作」になって冬でも青々とするようになったのは平成に入ってからだという。





芝は大量の水と絶え間ない世話が必要になる。「立ち入り禁止」となっている庭や公園の芝でさえたいてい痛んでいるのに、激しいスポーツが行われるその地面がこんなにきれいに保たれているというのは奇跡に近い。おそらくそこには芝に関する技術革新があったのだと思う(これは憶測だが、日本においてはバブルの頃のゴルフブームがそれを牽引したのではないか)。





「あちらの観客席の下に、シャッターが並んでいるの見えますか」と言われて、見やると、確かに芝の向こうのちょっと下がったところにシャッターが見える。上の写真がそれだ。

「あれは芝に風通しよくするためにああなっているんです」と。びっくりした。室内ならともかく、これだけ上が空いていても、それだけではだめなのか! 芝、ちょう繊細。





さらに「その上の屋根見てください。南側の部分だけ光が通るようになっているの分かりますか」と。まさか……!

上の写真で透けているのが分かると思う。そう、これは芝にまんべんなく光が当たるようにそうなっているのだ。誰もいない状態もあいまって、ここがまるで「芝畑」のように見えてきた。

端的に言うと、ここまで必死に芝を養生しなければならないのは、日本の気候が「年中芝が青々している」のに適していないからだ。それでもなぜ無理をして青々させているのか。それは、サッカーがイングランド生まれのスポーツだからだ。

考えてみたら、テニスも競馬もゴルフも、みんな芝生だ(クレーだったりもするけれど)。それはこれらのスポーツがイギリス発祥だからだ。「青々とした芝」は、そのスポーツがどの国からやってきたかを物語っている。ピッチの青さを見るとき、ぼくらはそこにイングランドの風景を見ていることになる。サッカーコートとは小さなイングランド領土なのだ。サッカーが世界規模のスポーツになったと言うことは、世界中に小さなイングランドが点々と存在している、ということだ。

逆のケースはないのだろうか、と考えて気が付いたのは柔道だ。オリンピック種目であり、世界中に競技人口があるこのスポーツは「日本の地面」を一緒に輸出している。つまり、畳だ。さすがにイグサを使わなくてはならないというレギュレーションではない。ポリマー性の畳のように見える加工を施したシートだそうだ。いわばこれは柔道における「人工芝」ならぬ人工イグサだ。

スポーツとは「地面」なのだなあ、と思いながらフクアリの手入れが行き届いた芝を見ながら、しみじみと思った。


■フクアリというメディア

長々と文章を書き連ねてしまった。まだまだレポートしたいこと、思ったことはたくさんある。例えば、アリーナの最上部にあるメディアのための場所↓





上の写真が、その場所から見た風景。各メディアのカメラがここに設置される。ゲームが行われていなくても壮観だ。





↑カメラのじゃまにならないよう、ここの柵は全部、このように上部が下ろせるようになっている。





↑こちらは来賓室。上の写真がその様子。サッカーは世界的競技なので、様々な国の特別ゲストがやってくる。そのために求められる来賓室の設備仕様にもいろいろなノウハウがあるという。

あと、個人的にとても見たかったのがドーピングチェックの部屋。下がそれだ↑





ご覧の通り、ガラス張りのトイレが! もちろんこれは尿採取の際に不正が行われないようにこうなっている。話には聞いていたが、目の当たりにすると、なんというか、迫力というか、すごみがある。





思わず記念撮影を(尿はしていません)。

ほかにもロッカールームや↓





映画でよく見るような、ロッカーが並んだ狭い部屋を想像していたら、ぜんぜん違う。「シンプルですが、こだわったのは監督を中心に選手が顔が見えるようにレイアウトしました」とのこと。なるほど!





↑記者会見の部屋も見せてもらいました。

これらについて思ったこと、聞いて感心したことなどたくさんあるのだが、全部は書き切れない。

ひとつだけ言うとしたら、サッカーをはじめスポーツとはプレイするものであると同時に観戦するものなのだな、と改めて実感した、ということだ。ファンのみなさんには「なにをいまさら」ということだとは思うけれど。

プレイヤーと、実際にここへ来る人びと、メディアとそれを通してみる人々、そして運営・スポンサー。選手とお客さん、フクアリのこの設備と工夫は、それらをすべて滞りなく運用できるように整えられている。報道陣の動線がそれぞれ混乱しないように分けられている点にそれがよく現れている。

この場所自体がひとつのメディアなのだ。スポーツとは見られることによって成立している(こういってよければ産業化されている)のだなあ、とつくづく思った。バックヤードを見るとそれを実感できる。


■フクアリというメディア

さて、いいかげんそろそろまとめなくてはならない。

今回、なぜぼくという「アウェー」な人間がこのような見学をさせてもらえたのか。フクアリの立地にその理由がある。





フクアリのすぐ裏には製鉄所が広がっていて、すばらしくダイナミックな光景を目にすることができる。サポーターのみなさんはよくご存じの通り、JFEの工場跡地に建てられたのがこのスタジアムだ。

ぼくは『工場萌え』という写真集を出したことがある、いわば「工場マニア」だ。千葉っ子のぼくにとってこの場所は懐かしい場所だった。学生の頃は、学校から近いということもあってよくかっこいい工場構造物を見に来たものだ。





その一部、ぼくが最高にかっこいいと思っていた構造物が操業停止になり解体された。上の写真は涙ながらに撮影した解体の様子。フクアリとその周辺の施設は、もともとこういう工場群がある場所だったのだ。

JFEという製鉄所が「ジェフ」のホームになった、というのはすごい、と思いつつ、正直、ぼくのなじみの構造物を奪ったフクアリを、複雑な気持ちで見ていた。ちなみにぼくがよく見に来ていたときにはJFEはまだ「川崎製鉄」という名前だった。フクアリが建っている場所の地名は「川崎町」である。





スポーツに縁がないことも手伝って、そんな複雑な感情を抱いていたのだが、今回でそんな気持ちは完全になくなった。むしろフクアリができたこと、ここが千葉におけるサッカーの中心地になったことをうれしく思う。





現在のサッカーのルールの元になった「ケンブリッジルール」が成立したのは1846年。大量に効率よく鋼を生産できるようになったのは「ベッセマー法」という製鉄技術の発明による。これによって近代製鉄が生まれたわけだが、この製法の特許が取得されたのは1855年。サッカーと近代製鉄は、ほぼ同じ時代に誕生したのだ。そしてどちらもイギリスで生まれている。

「ちいさなイングランド」としてのピッチ。そして日本における現代的製鉄発祥の地の跡地にできたフクアリ。聞けば、観客席のオレンジ色は銑鉄の色をイメージしているとか。裏手に今でも見える製鉄所の光景は、サッカーというスポーツと製鉄と、それぞれが「地面」から切り離すことができないということをよく現している。

おそらく、このダイナミックて味わい深い風景の元でサッカーが行われている場所は、世界を見てもそうないのではないか。フクアリはすばらしいぞ、と思った。





さて、気付いたと思いますが、記事中のぼくの服は今回新しくお目見えする工場夜景があしらわれたユニフォームです。一着いただいてしまったので、見学の際に着替えた次第。

今回のこの記事を読んでいただければ、このユニフォームデザインがいかに当を得た素晴らしいものかが分かると思います。8月10日の愛媛FC戦でこの「夏季限定 2019サマーナイトユニフォーム 工場夜景バージョン」の着用開始とのこと。当日あわせてイベント「コウジョウフェス2019」が開催されるとのこと。みなさんぜひプレーと芝と、そして工場を見に行こう!