SPECIAL COLUMN スペシャルコラム
なりたい自分。

ここ数年、WEリーグの開幕に合わせてジェフ千葉レディースを紹介するオフィシャルマガジン『United ELLA』を制作させてもらっている。
内容は2部構成。その後半は選手1人ひとりの個性にフォーカスを当てるべくそれぞれに異なるテーマについて話してもらっているのだが、今シーズン、長くジェフ千葉レディースの最終ラインを支えてきたDF林 香奈絵にはこんなテーマをぶつけてみた。
「なりたい自分」
インタビュールームに入ってきた林は、「めっちゃ考えたんですけど」と前置きをしてから話し始めた。
文=細江克弥
昨シーズンはチームとしてまったく勝てなくて、だから「何が悪いんだろう」と考えることがめちゃくちゃ多かったんですよね。
その結果として、逆に私たちが勝つ時って“気持ち”で相手を上回っている時しかないよなと思ったんです。やっぱり、最後の最後は気持ちじゃないですか。技術よりも戦術よりも気持ち。どんなにうまい選手が集まっていても、それがなきゃ絶対に勝てないのがサッカーだと思っていて。
でも、言うのは簡単だけれど、実際に気持ちを体現するのってめちゃくちゃ難しいですよね。ハートさえ燃えていれば身体がどんなにボロボロでも動けるけれど、ハートが燃えていなかったら身体に問題がなくても絶対に走れない。そういうものだと思うんです。
2022年に日本代表のデビュー戦で大ケガをして、それから引退についても少しずつ考えるようになった自分にとって、「どうやって自分のハートを燃やすか」は大きなテーマでした。
今シーズンはジェフに来て10年目で「若手」も「中堅」も「ベテラン」も経験してきたし、キャプテンじゃない自分も、キャプテンの自分も、キャプテンをやってからのキャプテンじゃない自分も経験したし、アマチュアもプロも、なでしこリーグもWEリーグも経験して……。これだけいろいろな経験をさせてもらったからこそ、これからの自分がハートを燃やすためには、新しいチャレンジに目を向けたほうがいいのかもしれないと思ったこともありました。
そういうタイミングを察してもらったのかわからないけれど、昨シーズン、ありがたいことにいくつかのクラブからお話をいただいていたんですよ。来シーズンはうちでやらないか?って。
昨シーズンの第20節、国立競技場での大宮アルディージャVENTUS(現・RB大宮アルディージャWOMEN)戦は本当に最高でした。
ダブルヘッダーだったからとはいえ私たちの試合に2万人以上ものお客さんが来てくれて、ものすごい雰囲気の中で試合をして、しかも私にとってWEリーグ初ゴールを決めることができて。あんな感動的な瞬間に立ち会えることはもう2度とないかもしれないと思えました。
実は、少しモヤモヤしていたところがあったんです。
WEリーグ初年度から2年間続けてきたキャプテンを外れて、チームが苦しんでいる時に言いたいけど言わないほうがいいと飲み込んだ言葉もあったし、いろいろ我慢することが自分の中にあったことはやっぱり事実で。そうやって、自分自身のハートを燃やすことに向き合ってきた中で迎えた試合だったからこそ、「こんなに最高の舞台に立てるのに、そんなくだらないこと言ってる場合じゃない!」と思ったんですよね。
あの舞台を目の前にした瞬間に、勝手に奮い立っている自分がいました。ハートがめっちゃ燃えました。
でも、やっぱり、それって“ジェフだから”なんですよ。
自分のキャリアをどこで終わらせたいのか。どのユニフォームを着てタイトルを獲りたいのか。試合に出られなくなった時に、それでも必死になって頑張れる場所はどこなのか。どんなにイヤなことがあっても、最後の最後に感謝の気持ちが上回るのはどこなのか。
それを考えた時に、自分にとってはここしかないと思ったんです。ジェフしかないって。
今回、細江さんが「なりたい自分」というテーマを設定してくれたじゃないですか。私の中で、その答えははっきりしているんです。私はもう1回、あの日の自分になりたい。
あれだけのお客さんの前で試合をやって、スタンドが沸いたり、ため息があったり、喜んでもらったり、がっかりさせてしまったり。試合後の影響も含めて、「これがサッカー選手なんだ」って、初めてそういう感覚になったんですよ。試合をやりながら思ったんです。「これが私がなりたかったサッカー選手だったんだ」って。それまでもずっと「プロとして」みたいなことを口にしてきたけど、私は何もわかっていなかったんだと思いました。
だから、本当に、やり続けてきて良かったなと心から思うんです。
やり続けてきたからこそあの試合を迎えられたし、もしもどこかのタイミングで移籍していたら、あのゴールは絶対に生まれなかった。もしもあのゴールを体験することができなかったら、自分は一生かけても「プロサッカー選手とは何か」を肌で感じることができなかったかもしれない。
良かったです。本当に。ジェフでサッカーを続けてきて本当に良かったと思っているし、私はやっぱり、ジェフでしかハートが燃えない。だから今シーズンも頑張ります。「なりたい自分」がはっきりと見えているので。
◇ ◇ ◇
2016年に尚美学園大学からジェフ千葉レディースに加入し、今シーズンで10年目。本人が言うとおりおそらくすべての“立場”をジェフで経験してきたからこそ、別の道を選択しても不思議ではないタイミングは過去に何度もあったし、心が折れそうになる瞬間は数え切れないほどあった。
それでも林は逃げなかった。どちらかと言えば厳しい道ばかりを選択してきた。ジェフの一員であり続けることのほうが直面する状況を難しくするとわかっていても、リーダーの自覚を持って先頭に立ち続けてきた。
「自分が背負っているものって、目には見えないけど結構大きいのかもしれないと思うんですよね。でも、いろんなことが1周回った今となっては、これを投げ出すことはできないし、むしろそれが自分にとっての原動力になっているんだろうなと、あの国立競技場で改めて気づきました」
フクアリ20年の歴史を歩んできたのはレディースも同じだ。そのうち約半分を知る林香奈絵には、キャリアにおける次のフェーズで「なりたい自分」の姿がはっきりと見えている。
今度はフクアリで。
もう1度、“あの日の自分”に。