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#3

2020.1.22

ありがとう

佐藤勇人

「キャプテンの役割」

寿人が去った3年目から出場試合数を伸ばし、オシム監督の下では主力選手に成長。その後、2008年に京都サンガF.C.への移籍を決断する。ジェフを愛した勇人にとって、その決断はなぜだったのか。

「当時、ジェフを離れていった選手の思いはみんな同じだった。このジェフのサッカーを、もっとみんなに知ってほしい。ジェフでそれを表現し続けることが一番でしたが、ジェフ自体がこれまでのサッカーから脱し、方向転換に舵をきった。羽生はFC東京にいきましたが、ボールも人も動くサッカーをやりたいからキミが必要といわれ、移籍を決断した。それはボクも同じだった。ただ、難しかったですね。一人では表現しきれなかったし、そのサッカーを言葉で伝えるのも難しかった」

ボールも人も動くサッカー。当時はジェフのみならず日本のサッカーファンが魅了されたが、移籍のエピソードでもわかるように、もっとも傾倒したのは間違いなくジェフの選手だろう。

「生きるうえでのすべてを教わりましたね。オシムさんに出会うまでは、すべての矢印が自分に向かっていたんです。自分がどうすればいいかだけを常に考えていましたけれど、それが変わったかな。自分が一つの行動、発言をするだけで、どれだけの人の行動が変わるのか、その影響力というか、そういうものを考えるようになりました。一人の人が何かをすることで、いろいろな絵が動くということを教わった」

オシム監督は、見られていないと思うところをしっかりと見ている監督だったという。例えば、試合で活躍し、メディアに囲まれて気持ちよく話していると、「早くバスに乗れ」と怒られることもあった。

「勘違いしてはいけない、ということだったんだと思う。そういうことをすごく教わったし、実は直接褒められたことは一度もないんです。メディアを通したり第3者を通して、自分の耳に入るようにしている。『おまえのせいで負けた』ということは何度もあったけどね(笑)」

日々の緊張感があった。次の試合に向けた練習でも、サブ組を見ることが多かったのがオシム監督だった。

「試合に出ない選手たちにも、常に見られているという意識を持たせたかったんじゃないかな。コーチを育てたいという意図もあったと思う。すべてにオシムさんがいうこと、やることに意味があったし、周囲の人たちみんなを成長させてくれた」

これまで外に出ていないエピソードも披露してくれた。

「当時、試合に出ていない選手が、オシムさん本人じゃなくて別の人を通じて聞かれたときがありました。『最近、元気がないけど、家族かなにかに問題があるんじゃないか?』と。その選手は家族と本当にいろいろあって、だからこそ驚いたっていっていた。まったく試合に出ていない選手だった。正直、監督からしたらどうでもいい選手。それなのにすごく大事にしているし、そこまで見ていてくれたとなれば、オシムさんのために、そしてジェフのために何でもやろうという気持ちになるじゃないですか。本人も周りも」

ゴールを取った選手より、ほかの選手を褒めるのもオシム元監督の特長だった。ある年の清水エスパルス戦で巻誠一郎が斜めの動きをして、相手DFを引っ張り、スペースを作って林丈統がゴールを奪ったシーンがあった。

「あそこでオシム監督は、『林、ナイス!』とはいわないんです。映像で見ると、林がゴールを取った瞬間に『マキ、マキ、マキ!』っていっていた。そういったプレーを見てくれていることがうれしかったし、見る場所が違う」

2007年に阿部勇樹が移籍し、また心境に変化が現れた。

「アマル(・オシム)さんに、おまえがキャプテンをやれっていわれたんです。と同時に、何でおまえをキャプテンにしたかは考えろと」

その結論は?

「答えはわからなかったけれど、オシムさんからのメッセージかもしれないし、アマルさん独断の考えだったかもしれない。もしくは、アカデミー出身の選手だったということが大きかったのかもしれない。いろいろ考えましたけれど、そのうえで引き受けました。さらに、サンガでの2年間もキャプテンだったし、ジェフに戻ってきて11年、12年もキャプテンを務め、18年、19年もキャプテンだった。いろいろな監督の下でキャプテンを務めたけれど、キャプテンがなにかというと明確な答えはない。でも、間違いなくいえるのは、キャプテンはすべてを見せなければいけないということ。練習の態度もそうだし、責任の部分もそう。キャプテンが常にクラブのことを考えて動くのは当たり前」

おそらくキャプテンを1年間やり続けるのは、すごく大変なことだろう。実際に勇人も、あるシーズンにはキャプテンを辞退したこともあったそうだ。

「今年も大変だったよ(笑)。ただ、キャプテンでもキャプテンじゃなくても、自分のやるべきことは変わらないとも思っているけどね。あとは、ほかの選手がそんなボクを見てくれているか、感じてくれるかどうか」